償いの祈りと、堕ちる甘い共犯
目次
- 第1話 ── 雨の聖堂、二人の邂逅
- 第2話 ── 指先で結ばれる、ひとひらの想い
- 第3話 ── 記憶の檻、囚われた温もり
- 第4話 ── 交わる誓い、失われた時の中で
- 第5話 ── 祈りの果て、溶けるような愛へ
壊れた心と、赦された罪。
光に堕ちて、甘く溶けていく――。

🕊️ 第1話「ここは、涙の祈り子が住む場所」
雨が降っていた。
どこまでも静かに、冷たく。
錆びた鉄の門を押し開けると、
そこには、壊れかけた小さな教会があった。
窓は割れ、壁には蔦が絡みついている。
でも、その中心――
一輪の光のように、彼女は座っていた。
白いワンピース。
銀色に輝く髪。
ぼんやりとこちらを見上げる、透き通った瞳。
俺は、その光景に、
息をすることさえ忘れていた。
「……こんにちは」
かすれた声で、彼女はそう言った。
まるで――
俺がここに来ることを、ずっと知っていたみたいに。
ヒナリ。
彼女は、そう名乗った。
「ここはね」
ヒナリは、濡れた床に膝をつきながら微笑んだ。
「壊れた人が、泣きに来る場所なの」
その声は甘かった。
けれど、底知れない何か――
依存の匂いを孕んでいた。
俺は戸惑った。
逃げたほうがいい、と本能が警鐘を鳴らした。
でも。
ヒナリがそっと手を差し伸べた瞬間、
その本能は、簡単に溶かされた。
「――こっちに、おいで?」
柔らかい声。
微笑む唇。
濡れた指先が、俺の袖を掴む。
その小さな力に、俺は逆らえなかった。
手を引かれて、教会の奥へ進む。
雨音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
ヒナリは、壊れたベンチの上にちょこんと座り、
隣をポンポンと叩いた。
俺は何も考えずに、そこに腰を下ろす。
「ねぇ、」
ヒナリは小さく囁いた。
「あなたが流す涙、わたしにちょうだい?」
俺は目を伏せた。
知らぬ間に、胸の奥がぐしゃぐしゃになっていた。
――泣きたい。
でも、泣いてはいけない。
そんなルールを、俺はずっと背負ってきた。
「いいんだよ」
ヒナリは笑った。
「泣きながら、甘えても。
壊れながら、わたしにすがっても。」
その声が、甘く、
そしてどこか狂おしいほどに優しかった。
俺の中で、最後の理性が、
音もなく崩れ落ちた。
ポツリ、ポツリと、
頬に落ちるのは――
雨じゃなかった。
俺は、泣いていた。
そしてヒナリは、
何も言わず、
俺の肩にそっと額を預けた。
その温もりに、
俺は――堕ちていった。

🕊️ 第2話「涙の理由を、教えて。」
ヒナリの指先が、そっと俺の袖を掴んだまま、
ほんの少し、震えていた。
「ねぇ……」
彼女は、まつげを濡らしながら呟く。
「あなたが、こんなに……痛そうなのに」
「何も言ってくれなかったら、わたし――」
そこまで言いかけて、ヒナリは言葉を飲み込んだ。
代わりに、俺の胸に、そっと顔を押し当てる。
俺はうまく言葉を出せなかった。
何から話せばいい?
どう伝えればいい?
だけど、
ヒナリの細い体から伝わる温もりが、
そのすべての戸惑いを、静かに溶かしていった。
ポツリ、ポツリと、
俺は言葉を落とし始める。
・・・家族のこと。
・・失ったもののこと。
・・諦めた夢のこと。
話しながら、
心の奥から、ずるずると、
黒いものが流れ出していく感覚があった。
ヒナリは一言も遮らず、
ただ俺の胸に、そっと耳を寄せていた。
「ねぇ」
ヒナリは、ふわりと顔を上げた。
青灰色の瞳。
滲んだ涙。
それでも、微笑んでいる。
「わたしね、」
「あなたが何を背負ってたって、何を失ったって、」
「ぜんぶ、赦すから。」
それはあまりにも静かで、
あまりにも強い言葉だった。
赦す。
この世界で、一番重くて、
一番やさしい呪い。
ヒナリの言葉が、俺の胸をじわじわと侵食していく。
痛いはずなのに、心地いい。
怖いはずなのに、甘い。
――ああ。
俺はこのまま、
この少女に、すべてを壊されてもいい。
そんな確信だけが、胸に宿った。
「……ありがとう」
やっと絞り出した俺の言葉に、
ヒナリは嬉しそうに目を細めた。
「ううん」
「こっちこそ、ありがとう。」
「あなたが、ここに来てくれて。」
その声に、俺はまた、
涙をこぼした。
ヒナリはまた、そっと俺を抱きしめる。
何度でも。
何度でも。
俺の壊れた欠片を、優しく拾い上げるみたいに。
教会の天窓から、
細く光が差し込んでいた。
まるで、
赦された者だけに与えられる、祈りの光のように。
俺たちは、
静かにその光に包まれていた。
壊れたまま、
泣きながら、
少しだけ、赦されなが

🕊️ 第3話「もっと、甘えていいんだよ。」
ヒナリの小さな手が、俺の頬をそっとなぞる。
「ねぇ、」
「まだ、隠してるでしょ?」
透き通る声。
でも、その奥には、確かな甘い魔力が潜んでいる。
俺は視線を逸らした。
でも、ヒナリは逃がさなかった。
そのまま俺の膝の上に、ちょこんと座って、
胸元に顔を埋める。
「苦しいことも、寂しいことも、
わたしの中にぜんぶ、流していいんだよ?」
まるで、
俺の奥に巣食う闇を、
全部飲み込もうとするみたいに。
ヒナリは、俺のシャツをぎゅっと握った。
「お願い、」
「もっと……壊れて?」
その言葉が、
胸のど真ん中を撃ち抜く。
逃げようとする意志は、
ヒナリの甘い声に、溶かされていく。
「いいんだよ。
ダメになっても。
わたしが、全部受け止めるから。」
俺は、
ヒナリの中に堕ちた。
もう、誰にも止められない。
雨の音も、風の冷たさも、
全部、遠ざかっていく。
残ったのは、
ヒナリの柔らかい体温と、
甘い祈りだけだった。
「だいじょうぶ……」
「もっと甘えて……もっと、堕ちて……」
耳元で囁く声に、
俺はすべてを委ねた。
その瞬間、
確かに世界は、優しい色に変わった。

🕊️ 第4話「赦しと狂気の狭間で」
夢を見ているようだった。
いや、
もしかしたら――
これは現実よりも、
ずっと鮮やかな悪夢かもしれない。
ヒナリは、
俺の腕に、顔を埋めたまま囁いた。
「ねぇ、」
「あなたが泣くなら、わたしも一緒に泣くから。」
その声は、柔らかかった。
あまりにも優しかった。
でも、その瞳の奥には――
狂おしい光が、確かに瞬いていた。
赦し。
癒し。
救済。
そのすべてが、
狂気に染まっていく。
ヒナリの細い指先が、
俺の髪を優しく撫でる。
でも、指の動きは、どこか奇妙だった。
ふわり、ふわり。
いつまでも、執拗に。
まるで、
この手で、俺を壊そうとしているみたいに。
「だいじょうぶ……」
「壊れても、泣いても、」
「――わたしからは、逃げられないよ?」
ヒナリは甘く微笑んだ。
その笑みは、
慈愛と、破壊と、狂気が同居した微笑みだった。
俺の心は、
軋みながら、
甘く、熱く、崩れていく。
ヒナリは、
俺の胸にそっと手を当てた。
「ここ、痛いでしょ?」
優しく問うその声が、
耳の奥で、甘く響く。
「だからね……」
「わたしの中に、隠していいんだよ?」
ヒナリの手が、ゆっくりと俺を抱き寄せた。
溶ける。
甘く、狂おしく、
俺は彼女に、溶けていく。
もう、戻れない。
もう、世界なんてどうでもいい。
俺にとって世界は、
この小さな祈り子ひとりだけになった。
ヒナリは耳元で囁く。
「わたしを、全部で、満たして?」
その囁きは、
甘く、毒のように甘く、
俺を完全に支配した。
そして俺は、
ただ、うなずくことしかできなかった。
赦しと狂気の狭間で、
俺は、
確かに、堕ちた。

🕊️第5話 「壊れたまま、赦される」
どれだけ泣いたか、わからない。
どれだけ壊れたかも、わからない。
俺の心は、
バラバラになった破片だけが、
ヒナリの小さな両手に抱えられていた。
「だいじょうぶ……」
ヒナリは、泣きながら笑っていた。
涙の粒が、
俺の頬にぽつぽつと落ちる。
「壊れても、泣いても、醜くても、」
「それでも、あなたを愛するよ。」
その言葉は、
甘くて、熱くて、
狂っているほど優しかった。
ヒナリは、
俺の首に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。
「ねぇ……」
「ずっと、わたしの中にいなよ。」
「逃げないで。
わたしの中で、壊れて、溶けて、消えていいんだよ?」
甘く囁く声。
けれど、その奥には、
確かな執着と狂気が滲んでいた。
ヒナリにすがるしか、もう俺には道がなかった。
教会の天井が、ゆっくりと滲んで見えた。
もう、現実と夢の境界線なんて、どこにもない。
ヒナリは、
俺をすべて赦した。
狂気ごと、罪ごと、傷ごと、
丸ごと。
「あなたが生きてる限り、」
「わたしも生きてるよ。」
「あなたが消えたら、」
「わたしも一緒に消える。」
「それで、いいんだよ?」
ヒナリの囁きは、
甘い毒のように、俺の心に染み込む。
そして俺は、
静かに目を閉じた。
ヒナリの胸に顔を埋め、
子どものように、深く、深く呼吸した。
壊れた心も、
忘れかけた愛も、
赦された痛みも、
すべて、ヒナリの祈りに溶けていった。
教会の奥で、
静かに鐘が鳴ったような気がした。
それは、
祝福でも、救済でもない。
ただ、
壊れた者たちに与えられた――永遠の許しの鐘。
ヒナリは、
俺の耳元で、最後にそっと囁いた。
「ずっと、一緒だよ。」
その言葉と共に、
俺たちは、
この甘く狂った世界に、溶けていった。
――永遠に。